最初に宣言します。 ここに書いたことは私の偏見です。一意見として取り扱いください。 不快だったり、嫌だったら、読むのをおやめ下さい。そんな事分かっているよと、腹が立って収拾つかない方も。 私がブログを始めて、まず驚いたのが、高校生以下の方で病気になっている人が多いことでした。しかも、私なんかより症状が重い。 そこでふと目にしたのが、
親御さんとの確執や溝です。誰も彼もそう、と言うわけじゃないですけど。今日は未だ若干33歳の私から、そういう若い方へ向けて、もしよろしければ。
(私の世代にもありました) こういう問題は、私の世代でも結構あったんだろうと思います。私が高校の時、母子家庭のとある友人を一度家に泊めたことがあります。親御さんとどうしてもうまくいかない時があり、家を飛び出しどうしようかと途方に暮れてたので。
また身内のことですが、うちの家内がそうです。昔、母親から暴力を受けることがあり、それに対し父は見ているだけだった、と言います。その父親からも、気に入らないことがあると文句を言われるようです。そして未だに、一人で実家には帰りたくないと言います。実家では「緊張」するんだそうです。私の実家の方が、まだ落ち着くらしいんです。
その頃から、あるいはそれ以前からあることの様に思えます。
(その一例、「親の期待」と言うもの) ご家庭それぞれに事情がおありだと思います。例えばの一例が
親御さんの期待が大きいこと。あるいは、
「あなたの幸せを考えて」という意見です。 それ全部がとは言いませんが、中にあるのが
我が子へのご自身の希望の押し付けです。はっきり言えば、
親のエゴです。 将来、こういう風になって欲しい、こういう職業がいい、進学はどこで、と言った具合。
(親には親の人生あり) その他、色々あるでしょう。 もちろん、親御さんにも本当にご心配されているところがあるんだと思います。まだ社会に出たことのない、若者に対する老婆心というか。
それに、
ちゃんと稼いでくれてた親御さん、立派だったんですよ。社会でお金を稼ぐって大変です。「稼ぎ続ける」って本当に大変なんです。 皆さん分かってらっしゃるでしょうけど。
「だから感謝しろ」なんて私は思いません。 ただ例え親御さんとの溝や確執が埋まらなくとも、親には親の人生があったんだと、そのうち思ってあげてください。 今は無理でも、10年後でも20年後でも、いいと思いますから。
子供に暴力を振るう親、そういう人の中には実際ご自身が親から暴力なり何なり受けてた人がいるそうですよ。ご自身が受けたのに、なぜ子供にするのか、私にはよく分からないんです。 これを読んでる皆さんには、そういう人にはなって欲しくないです。
(親離れ、子離れ) 親子問題で悩んでる方には、私は
将来の自立を目標にされる事をお勧めます。 大体が親は子をいつまでも「子供」と思いすぎていて、対して自分の人生などを考え始めた「大人」としての子と衝突が生じるという構造をよく見ます。あるいは余りにも自分の希望を押し付ける親に対し、窮屈すぎると感じる方もいるでしょう。
双方「大人」として対等に付き合うには、子の自立以上のものはないと思います。 それに、どんなに親がえらそうに言っても、我々の一生面倒見てくれるわけじゃないです。大抵の親は、先に死にます。親御さんにも人生がありますから、言いたいこと言って、やりたいことしてから先に死にます。人様に迷惑をかけない限り、それでいい、それがいいと思います。
親には親の人生があってそれを全うして頂きたいし、我々は我々の人生を全うすべきです。 自立して関係が良くなるといいんですけど、なお何かあるようなら、それだけ距離をとればいいと思います。今生の別れじゃありませんから。
育ててもらった恩を思う優しい方は、自立してちゃんと国民年金なり厚生年金なりを払えばいいと思います。そのお金は、まず老後の親御さんのお給料になります。この金額は、本当にありがたいもんですよ。払う額は国民年金で月々1万4千円ほど(だったっけ?)ですから、結構バカにならないです。それを、続ければいいと思います。これ以上の親孝行(あるいはおじいちゃん、おばあちゃん孝行)、まずないと思いますよ。
自立なんていうと、将来像とか夢とか、そういうものが描けないとか、そんな話も聞きます。 これこそ私が言っても説得力ないんですが、ないならないで、まずは単純になりたい自分になればいいんじゃないでしょうか。当たり前の生活がしたいでも、のんびり生きたいでも、沖縄に住みたいでも何でもいいと思いますよ。 見せ物じゃありません。100点取らなきゃいけない人生なんてないですから。その点、誰が付けるんだって話ですし、大体100点取った人生の人って一人もいないです。どんな人でも、「あぁ、あれは失敗だったな」、と言うものがあります。どうも公文式というか、成績第一主義と言うか、日本はそういう風潮が大きい気がします。
(皆さん、無理せずに) 実例を一つ。
私の中学時代からの友人の一人は高校卒業後、漫画なんかで食っていきたいと大阪の専門学校へと、朝日の新聞奨学生になって出て行きました。2,3年ほどで、あまりのハードさに実力を付けられず挫折。専門学校を辞めて、それでも大阪が楽しくて暫く居ましたが、母親に説得され愛媛へ帰り、程なくして当時付き合ってた娘とも別れて。当時は辛そうでした。 それから職を転々として、そうしているうちに確かコンパかなんかで今の奥さんと出会って、暫くして結婚。今や3児のパパです。お仕事は警備会社の派遣社員。口癖は「金がない」。あまりに言うから、稼ぎたければ、ああだのこうだの話をしたり、私の仕事の苦労話をしたりすると、「俺はそんな風には働きたくない」とか言われて、コケて。。。
でも今、彼は幸せそうです。彼曰く、「家庭も仕事にも不満はなく、給料さえ何とかなぁ。。」とか。もう知らん、勝手にせー、というとこですけどね。 ※年末年始、また彼に会う事も私の楽しみの一つです。
もちろん何かしっかり取り組みたいものがあるなら、それにはどうすればいいか、まじめに考えたり調べてみたり勉強すればいいと思います。 仮に今なくても、どういう仕事や人生や暮らし方がいいか、学生時代に考えたり調べたりして、心がけておく事は社会に出てもとても役に立ちます。それだけでも有意義です。
その種類にもよりますが、仕事って、手をつけた時には実は半分終わってるんです。終わっている半分ってのが、何をやるか、どうやってやるか考える事や、その計画を立てる事(プランニング)等です。「コロンブスの卵」は西に行くと彼が「決めたから」出来たことで、ただやるだけなら基本的に誰でも出来ます。
仕事や人生を考えることは、今始めて損することはないです。もちろん、いつでも遅過ぎる事もないです。思い立った時が吉日で全然okです。 それに人生長いですから、根を詰めてやり過ぎてもロクな事ないですし。よく聞きますよね、「子供と遊んでて、ふと落ち葉が流れてるのを見て閃いた」とか「寝てる間に思いついた」とか。きっと、そんなもんですよ。
※ただ私自身は、学生時代そういう風に「あまりにも」取り組まなかったので、ちょっと残念だったな、と今思っています。「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」とか。私は間違いなく後者です。恐らく今も。。。(^^;。
ま、私も含め、それなりにやっていきましょうね。
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(追記部分)
(ある日の我が家の話) 最近(2007/11/16)、家内が「もう親の悪口言わない」と言ってました。(忘れていってしまう時があるかも、とも(笑)。)
先日、私と喧嘩して、私の言葉を取り違えて「ここを出て行かなきゃならない」と思い込んで、どこにも頼れず親に電話をかけ、驚いた親御さんが本当に良くして下さったようです。就職先のつてがないかとあちこち連絡したり。「ここまでしてくれようとする事って、ないよ」って本人は感激したみたいで。
また心配するからと私の病気もあちらの両親に言ってなかったから、それを知って余計心配しているようで。
まぁ嫁の過度の心配(暴走)で大騒ぎしたのと、後で仲直りした旨を本人が電話してましたけどね。
それにしても、親御さんも立派な所あるし、うちの嫁も立派なもんだと思います。
で。なんか私は悪者にされてる気がするが。まぁいいか、しょうがない、電話かけとくか。
「・・・あ、もしもし。どうもお騒がせしてすみません。・・・いえいえ、元気です。大丈夫です。・・・・・・」(← 2007/11/16の朝の話。)
(大人(親御さん)の苦労) 例えが悪いですけど、例えばいい給料だと、「いいねぇ」、なんて簡単に羨ましがる方いらっしゃいますが、高い給料という事はそれだけ分の仕事をしてるということです。量だけでなく質もです。
会社だったら部下や他部署と連携して仕事を進めていかなきゃならない。部下の面倒も見て、上長や周囲の要求にも答えて、「結果」を出さなきゃならない。他部署も多忙で簡単には動いてくれない場合は交渉や説得にあたり、またミスしようものなら関連部署全てに迷惑になってしまう。責められる事だってもちろんあります。またそれで納期が守れないということは、あってはならないことなんです。必死で守らなければいけない。 例えばそんな事を10年、20年とずっと続けていらっしゃったんです。
例えそうでなくても、長く努めれば、どんな人でも徐々に責任が増していきます。公務員だろうが、自営業だろうが、どんな方でも。愛媛のみかん農家だって、今年は不作だからと言っても誰も助けてはくれません。 それは本当に疲れます。そうやって、あるいはそういうご主人を支えて、家族も支えてきたんです。
ただ残念ながら、経済的な事さえちゃんとすれば、基本的に他は全て許されると錯覚する方がいらっしゃる事が問題なんです。特に、我が家と言う「城」の中でね。
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